高速水着
「バイオラバーKOZ」
2008年北京オリンピックで揺れた「水着着用問題」。
レーザーレーサーの登場で、水泳業界は大転換期を迎えた。
オリンピックの熱が冷めやらぬ8月中旬、
埼玉インターハイでヤマナミブースに異変が。
レーザーレーサーは一般販売はしていない。
高速水着を入手できないスイマーがブースに駆け寄る。
7月に発表した「バイオラバーKOZ」は、
どのメーカーのブースよりも人で埋め尽くされていた。
誕生したばかりの新しい水泳ブランド「KOZ」は、
最も注目されているブランドなのだ。
2008年6月ジャパンオープンの会場は、北島康介選手がある水着を着て世界新記録を出し、
驚きの歓声に包まれていた。
その水着の名前は「レーザーレーサー」。
5月ごろからメディアでも話題となっていたが、北島選手の世界記録樹立で報道は加熱する。
TV局をはじめ、水泳とは縁がなさそうな一般誌までもが、実物のレーザーレーサーを一目見ようと
取扱店に押し寄せた。
そう、この時点では「レーザーレーサー」は市販されていなかったのだ。
そしてレーザーレーサー騒ぎが水泳業界で流れていた6月上旬、大阪某所。
「新素材で高速水着を作る会議」が密かに進められることになる。
「スピード社のレーザーレーサーを上回る高速水着を作る」「何とか夏に販売可能な高速水着を作りたい」
8月の全国大会は目の前。しかし、レーザーレーサーを求める選手は発売前で入手出来ないことに苛立ち、
もし自分のライバルがレーザーレーサーを入手していたら、「水着で負けてしまうのではないか…」
という不安が募っていたからだ。
※レーザーレーサーの先行販売はその年の11月に数枚、実際に商品が流通し始めたのは2009年の2月から。
プロジェクトは動き始めた。
採用された素材はバイオラバースイム。この素材は、表面にたこ焼器のような半球状凹凸が無数にあり、
飛び込んだ瞬間、凹凸部分に水が入り込み「水の膜」ができ、全体を水そのものと化してしまう。
水中での表面摩擦抵抗係数が極限まで軽減されるという驚きの特性が、当時からレーザーレーサーに
対抗できるのでは?と噂になっていた素材だ。
この究極とも言える素材を作り出したのは「山本化学工業」。
社長自らTVなどにも出演して、この素材の優位性を伝え続けた。
そして肝心の水着を企画したのは、「スポーツヒグ」の樋口幸三氏。
元オリンピック選手で、日本でも数少ない競泳水着を企画できる人材の一人である。
そこに競泳水着販売の実績が豊富な「ヤマナミ」がアドバイザリーカンパニーとして企画に参加し、
このレーザーレーサーを上回る水着の開発がスタートしたのだ。
※現在、一部の水着とゴーグル、スイムキャップなどのの水泳用品の企画・製造・販売は全てヤマナミが担当している。
三社が目標とした商品の記者発表は7月24日。直前まで試作→試泳→型紙修正→試泳の繰り返し。
実際に試泳をした多くの選手は「何だこれは!!」と驚愕の表情を浮かべ、プールから顔を出す。
明らかにストローク数が減り、自己ベストを出していく。
「何て言うかなぁ?ストリームラインを取っている時とか飛び込んだ時と、あとターンした時、
スゴ~く進んでいる感じがするんだよね。」
「ん~、この選手、いつも前半のラップは良いんだけど、後半ダメなんだよね。
でも今日は前半と後半のラップにほとんど差がないね!!」
ストップウォッチを片手にコーチの声も驚きを隠せない。
そして発表の数日前に商品は完成する。「いける!!デビューは埼玉インターハイだ!」
商品は出来た。それも究極の水着だ。あとは販売を担当するヤマナミがその力を発揮するだけであった。
大会が始まると「高速水着を売っている!」と大勢のお客様で埋め尽くされていた。
初めて触れる高速水着に質問が後を絶たない。
販売ブースでは、試着をしてから購入できるようにしたため、安心して高速水着を手にレースに向かう選手たちが続く。
そんな中、1日目の朝に購入したばかりの選手が、エントリータイムから7秒アップで、見事1位で予選を通過する。
慌てて現地の販売スタッフがその選手の経歴をネットで探す。
ない…
もしかして?と思い、その選手の地元での成績と、インターハイのエントリー順を調べる。
インターハイエントリー14番手。
販売スタッフが事実を確認し終えたところ、次々と大勢の選手が購入に詰めかけてきた。
その後も優勝・大会新・高校新の速報が次々と舞い込む。2位以下は数えきれないほど。
エントリータイムから1秒、2秒減は当たり前。
種目によっては3秒、5秒減という信じられない記録での優勝も続いた。
最終的には、このインターハイでシェア10%を記録することとなる。
名だたるメーカーの中の「シェア10%」は、新ブランドKOZの高速水着
(商品名:バイオラバースイムKOZ 以下KOZと略)
が勝ったも同然だった。
そして半年後の2009年3月「ジュニアオリンピック」では、予選シェア30%強、
決勝にいたってはシェア40%強と大躍進。
決勝で8コース全員「KOZ」というレースもしばしば見受けられた。
会場で活躍する選手を見守る森に、中学生らしき女の子が泣きながら
「KOZで優勝できました~。」と駆け寄ってきた。
その時森が選手にかけた声が印象的だった。
「いいえ、きっとあなたは昨日まで『とてつもない練習』をしてきたんでしょう?優勝はその結果であって、
KOZは補助、道具です。少しでもお役に立てたのなら、本当に嬉しいです。水泳の楽しさを多くの人に伝えてください。」
と目を細めていました。
KOZがここまで支持された理由は、決して「高速水着だから」だけではない。
■業界に先駆けて発売したこと ※現在大手が同じような素材をテストしています。
■商品力がずば抜けていたこと ※中学新などの日本記録にとどまらず世界記録まで出ています。
■全国の販売網を持っていたこと
■どこよりも競泳水着販売の実績があったこと
■度重なる改良と素早い修理対応をしたこと
■地道に試着会を開催し、選手の要望をすぐに商品にフィードバックしたこと
数々の商品を業界に送り込んできたからこそ、価値がわかり、勝負も出来る。
迷い無く勝負するには、経験と実績が絶対要素となる。後を追いながら商品を開発するのは誰でも出来る。
そう、「一番最初にやること」に意味があるんだ。
剥がれないプリントメッシュキャップ
小学校の水泳の授業で誰もが使った”ゴワゴワの水泳キャップ”
あの何の変哲もないキャップは、教材として使われるだけだった。
このアイテムが現在のブームになるとは誰が予想できただろうか。
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MADE IN JAPANのノンクッションミラーゴーグル
2008年北京オリンピックでは、北島康介選手をはじめ
日本代表チームが活躍した。
現在では、代表選手から小学生まで一般的に使われている
”ノンクッションミラーゴーグル”。
そんな当たり前のアイテムは15年前まで国産品が存在しなかったのだ。
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移動販売車両「ヤマナミスイミングキャラバン」
水泳用品の移動販売車両として、全国を駆け巡る「ヤマナミスイミングキャラバン」。
キャンピングカーを改造した「動く水着屋さん」である。
この働くキャンピングカーは全国の都道府県を走る。
高速道路で子供達に手を振られることもしばしば。
いろいろな水泳大会会場で、水着・ゴーグル・キャップなどの水泳用品を販売している。
静岡市内の水泳大会に始まった移動販売は、現在では年間のべ600ヶ所まで拡大している。
この販売方法にご協力くださった全国の水泳大会主催事務局様及びお客様に、
深く感謝申し上げます。
総合スポーツ店として「ヤマナミスポーツ」は、1985年に誕生した。
開店から3年目で水泳専門店に。スイミングスクールや公営プール
などの新設は追い風となり、水泳専門店ヤマナミは軌道に乗るかに見えた。
しかし、水泳業界は年2回ニューモデルが発売されるため、半年サイクルで旧商品が生まれる。
売れ残った水着はあっという間に過剰在庫となり、その数は半年ごとに倍になる悪循環に陥った。
この悪循環を打開する方法を模索していたある日、社長の森は気がついた。
「お客様を待っているから悪いんだ。お客様のいるところへ行こう!」と。
すぐさま県内で行われる水泳大会を調べた。運良く静岡市内で日本スイミングクラブ協会主催の
「静岡県新年フェスティバル」という大きな大会があることを知った。
大会事務局のご協力により、記念すべき第一回の移動販売がスタートした。
運動会などで使われる「組み立て式テント」を借りて商品を並べた。
水泳大会での物品販売自体、スイマーにとっても初めてのこと。
最初こそ遠巻きにしていた子供達も、すこしづつ寄ってきてくれた。
お店のまわりは子供でいっぱいになった。まるでお菓子屋さんのよう。
沢山の子供が見てくれるが、なかなか購入には至らない。
「買わない」のではなかった。「買えない」のだ。
日差しも高くなってきた昼頃、子供達は帰ってきてくれた。今度はお父さん・お母さんを連れて…
「これください!」と誰かが言った。それからは「おじさん、ボクも!」という声が続いた。
売上は順調に伸び、店舗の在庫を何回か運んだにも関わらず、
セームもゴーグルも全部売り切れた。
大会が終わり、撤収するスタッフの表情は晴れやかだった。
「すごかったな!セーム何本売れたんだ!?」
そして森はこうも付け加えた。「水着が売れていない。水着が売れれば売上は跳ね上がるはず。お客様に頼られるように、大きな大会だけじゃなくどんな小さな大会でも、いつもそこにはヤマナミが販売していることが重要だ。大会に行く楽しみとして「ヤマナミでの買い物」も目的の一つにしていただく。それには何より信用していただくことが先決。安心して買えるお店なんだ!ということをまずは分かっていただこう!」
売上に浮かれ自己満足していたスタッフは、社長の冷静さに「商人魂」を見せつけられた。
こうして「移動販売」という販売方法は、ヤマナミに新たな道を作ってくれた。






